Thé au Sahara 🐪 サハラでお茶を

🌴 映画「モーリタニアン 黒塗りの記録」 & モーリタニア人、モハメドゥ・ウルド・スラヒ 🌴   


モハメドゥ・ウルド・スラヒはモーリタニア生まれのモーリタニア人、

グアンタナモ・ベイ収容所で無実を訴え続け、獄中で書いた手記の映画化

2021年10月29日より公開


モハメドゥ・ウルド・スラヒは、2001年9月11日の「アメリカ同時多発テロ」に関与した疑いで逮捕され、拷問と虐待が横行するキューバのグアンタナモ・ベイ収容所へ送られ、裁判すら受けられないまま地獄の日々を送った。

少なくとも約780名にのぼる人々が罪状不明で、米国政府により収監されていた。

モハメドゥは無実を訴え続け、14年間の獄中で書いた「グアンタナモ収容所 地獄からの手記」(Guantánamo Diary)がベストセラーになり、悪夢のような国家犯罪の実態が明らかにされ、世界が震撼した。


2019年末、「ザ・モーリタニアン」で映画化、

日本でのタイトルは「モーリタニアン 黒塗りの記録」、手記も「モーリタニアン 黒塗りの記録」で、文庫再販された。

映画「モーリタニアン 黒塗りの記録」

https://kuronuri-movie.com

ジョディ・フォスター(弁護士のナンシー・ホランダー)

タハール・ラヒム(モハメドゥ・ウルド・スラヒ)

ベネディクト・カンバーバッチ(ステュアート・カウチ中佐) 

河出文庫「モーリタニアン 黒塗りの記録」

https://www.amazon.co.jp/モーリタニアン-黒塗りの記録-河出文庫-モハメドゥ・ウルド・スラヒ/dp/4309467385




Mohamedou Ould Salahi محمدو ولد صلاحي

モハメドゥ・ウルド・スラヒのこと


1970年12月21日、モーリタニアのロッソ生まれ。

高校で優秀な成績を収め。1988年にカール・デュイスベルク協会の奨学金を得て、当時の西ドイツに留学。


ドイツ留学中の1990年12月、モハメドゥは、ムハンマド・ナジブラ(ナジーブッラー)の共産主義政権を倒そうとしていたアフガニスタンのムジャーヒディーンを支援するために渡航し、アルカイダのキャンプで訓練を受けた。

米国もムジャーヒディーンを支援していた時代だ(同様にターリバーンも米国の支援を受けていた)。

その後、ドイツへ戻るが、1992年にまたアフガニスタンへ向かい、2ヶ月ほど滞在する。

しかし、共産主義政権が倒れても、イスラム教徒同士の争いに失望し、アルカイダとの関係を断つ。

米国政府は当時、モハメドゥが「アルカイダのためにリクルート(新兵を紹介)し、その他の支援を行った」と主張している。


1997年、1998年、ウサーマ・ビン・ラーディンの神学上の上級アドバイザーであったモハメドゥの義理の兄弟から電話を受けるが、ウサーマの衛星電話であったため、ドイツ、米情報機関に傍受される。


ドイツからカナダへ移動、1999年11月から2000年1月まで、モントリオールに滞在したモハメドゥは大きなモスクのイマームとして招かれラマダーンの祈りを担当した。そのモスクに、爆発物を持って捕まった男が通っていたゆえに、カナダ情報局から監視されるが、逮捕する理由は見つからなかった。


モーリタニアへ帰国途中、米国当局の要請によりセネガルで逮捕。

ミレニアム祝賀会にロサンゼルス空港を爆撃する「ミレニアム計画」について尋問され、モーリタニアへ送致、モーリタニアとFBI捜査官による尋問を受け、3週間の拘留の後、釈放された。


2000年5月から、電気技師としてモーリタニアで働いていたが、2001年の「9.11同時多発テロ」の後、米国は再びモハメドゥに関心をもった。

9月29日以降、モーリタニア当局に何度も拘束され、尋問を受ける。

2001年11月20日に再び、モーリタニア当局に連行され、7日間拘束、モーリタニア警官と米国連邦捜査局(FBI)の捜査官から尋問を受ける。その後、CIAはモハメドゥをヨルダンの刑務所に移送し、8カ月間拘束の後、アフガニスタンのバグラム(米空軍基地)に送致、2週間拘束した。

そして、2002年8月4日にキューバのグアンタナモ・ベイ収容所に移送された。



グアンタナモ・ベイ収容所で、モハメドゥには第4番目の言語、英語で手記を書くが、米政府の検問対象となり、2500ヶ所の黒塗りが残ったまま2015年に出版された。


オバマ大統領は2016年、グアンタナモ・ベイ収容所の閉鎖を表明したが、現在も存続している。キューバ政府は同基地の返還を求めている。


モハメドゥは解放された今も監視され、移動にも制約がある。

没収されたままのパスポートとIDカードが発行されないままだ。

収監中に痛めた腰痛と胆嚢の手術をドイツの病院が受け入れると申し出ているが出国できない。

収容所を出た後、米国人の弁護士と結婚し、息子も産まれたが、妻子がモーリタニアを訪ねてくるしかない。



そんなモハメドゥの住むモーリタニアの首都、ヌアクショットへ、元看守のひとりである Steve Wood が訪ねてくる

「The Guardian」が制作したドキュメンタリー(22分)

「My Brother’s Keeper: a former Guantánamo detainee, his guard and their unlikely friendship」

https://www.youtube.com/watch?v=IH-h3h22Hck


彼らは2004年、グアンタナモ・ベイ収容所で出会う

Steve Wood は「モハメドゥは無実だ」と思った

連邦判事がモハメッドゥをグアンタナモ・ベイから釈放するよう判決を下したとき、Steve Wood は弁護団に連絡を取り、できる限りの協力をしたいと伝え、モハメドゥの釈放を支持する手紙を書いた

最後に会ってから13年後、、、、Steve Wood がモーリタニアまで会いにやってくる

英語ですが、モハメドゥの人となりが伝わってくるオススメ動画!

モーリタニアの砂漠と海が美しい

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