Empreinte de chameau🐪ラクダの足あと

🌴モーリタニア🌙 砂漠を旅する🌴 No.23

① 砂漠道路「トランス・サハラ・ハイウェイ2号線」

本:「サハラの旅1974」


サハラ砂漠は世界最大の砂漠で、アフリカ大陸の1/3を占め、11カ国にまたがる。

なかでも、最大はモーリタニアの隣国の、アルジェリア。

広大な砂漠が広がる。

アルジェリア上空を斜めに飛行してモーリタニアへ向かう飛行コースがある。

チュニジアを過ぎると、アルジェリアからモーリタニアまで、ずっ〜と砂漠の上を飛行する。

(もし、運がよければ、モーリタニア上空で、サハラの目、ゲルブ・エル・リシャットが見える)

アルジェリア上空から見るサハラ砂漠は、雲もなく、とても鮮明で、美しい。

時おり、砂漠のなかに道路が見えたりすると、どんな生活があるのだろうかと想像したりする。


そんな砂漠の道路が登場する本と映画がある。

本:「サハラの旅 1974」

映画:「サハラのカフェのマリカ」


砂漠道路は「トランス・サハラ・ハイウェイ2号線」(*1)、アルジェリアのアルジェから、サハラ砂漠を南下し、ニジェールを経て、ナイジェリアのラゴスまでを結ぶ。

全長約4800 kmのうち、主要な部分1700kmをアルジェリアが占め、国道1号線となっている。

サハラ砂漠を縦貫する道路の建設構想は、1960年代にECA:アフリカ経済委員会(*2)の主導で、サハラ砂漠南北にある貧困地域の解放と貿易促進を目的に生まれたということ。

Photo:アルジェリアでなく、モーリタニア アドラール州の砂漠未舗装道路 

走ると砂けむりが舞い上がる. 一応、舗装予定道路になっている


「サハラの旅 1974」小町グループ(著)(*3)

本は2021年に出版されたが、1974年、旅先のドイツで知り合った4人の日本の若者が、フォルクスワーゲンの中古ワゴン車を購入し、サハラ砂漠を縦断し、ナイロビまで旅したことを記した本。

「赤坂小町号」と名付けた中古車は年増女として語られ、何かと気遣われる。

彼らの通過する国はモロッコ、アルジェリア、ニジェール、ナイジェリア、カメルーン、中央アフリカ、コンゴ(現在のコンゴ民主共和国)、ウガンダ、ケニア。


アルジェから出発する「トランス・サハラ・ハイウェイ2号線」の砂漠道路は、ガルダイア、エル・ゴレア(現在はエル・メニア)、インサーラ、タマンラセット、イン・ゲザム、そして、ニジェールのアルリット、アガデスと続く。

舗装されているとはいえ、砂は常に、生きもののように移動し、道を覆う。

ときに行き先を迷わされ、ときにスタックも強いられる砂との戦いは厳しそうだが、振り返ればそれは楽しい思い出となる。

冬とはいえ、砂漠を焦がす太陽。そして、砂漠に沈む夕陽や星が印象的に語られる。

現在から考えれば、まだ政治的な制約も受けずに、比較的自由に旅ができた時代だった。

多くの若者が旅に出た。

彼らはラゴス(Lagos)で、のちに「サハラに死す」(*4)で知られることになる21歳の上温湯隆と出会う。

その5ヶ月後、上温湯隆はラクダとともにサハラ砂漠横断に挑戦中、マリ、メナカで力尽きた。

「サハラ砂漠と完璧な星座が、彼の墓碑銘となった」と彼らの本には書かれている。


4人の旅した当時は、資源ある豊かなアフリカ、明るい未来が約束されるはずだった。

しかし、現実は悲しいほどに違ってしまったアフリカがある。


砂漠道路「トランス・サハラ・ハイウェイ2号線」だが、現在はアルジェリアのタマンラセット(Tamanrasset )以南は、閉鎖され、レッドゾーンになっているようで、通行は不可能。

状況によっては変わるかもしれないが、良い方向に期待はできない。

サハラ砂漠南北にある貧困地域の解放のために造られたハイウェイだったが、他のハイウェイも同様に閉鎖、もしくは制限されているところが多いようだ。

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(*1) La Route transsaharienne( la Transsaharienne)トランス・サハラ・ハイウェイ. 左下の図

(*2) アフリカ経済委員会(ECA=la Commission économique pour l'Afrique)

(*3) 「サハラの旅1974」小町グループ著(東京図書出版 (2021/4/8)

(*4) 「サハラに死すー上温湯たかしの一生」(ヤマケイ文庫)砂漠を旅する人にはとても気になる本、一途な気持ちが伝わってくる

サハラ砂漠縦貫道路

「トランス・サハラ・ハイウェイ2号線」

黄色の線の②

AL GERIA → EL Goléa

現在は El Menia(エル・メニア)と呼ぶ




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